鷲林寺

【じゅうりんじ】

西宮市の甲山周辺には【牛女】の伝説がまことしやかに噂されているが、鷲林寺もその噂の一端を担っている。

木原浩勝氏の『都市の穴』によると、某テレビ番組でこの寺にある洞穴が【牛女】の居場所だというでっち上げがなされたということである。この洞穴であるが、八大龍王が祀ってある祠であり、牛とは何の因果関係もない。多分【牛女】の伝説のひとつに“牛女は祠に封印されていた怪物である”という説があり、これを再現できる場所としてクローズアップされたのであろう。祀ってあるものが違うので、明らかなガセネタである。

だが、根も葉もないでっち上げかと言われると、そうでもないようである。鷲林寺のHPによると、以前からこの寺に怖いもの見たさに真夜中徘徊する連中があったそうである。ただし、寺側が「引っ越しました」という張り紙をしたらばったりと人が来なくなったらしく、これもある種の都市伝説的な奇談として注目すべき内容である。

この寺には【武田信玄の墓】と伝わる七重石塔があるが、なぜ遠く離れたこの地に墓があるのかは謎である。しかもその様式から石塔は鎌倉時代の作とされており、年代的に全く辻褄が合わない。

<用語解説>
◆鷲林寺
真言宗の寺院。開基は弘法大師とされ、天長10年(833年)に建立。織田信長に反旗を翻した荒木村重の乱の際に焼失(この時の兵火から逃れた僧侶が有馬温泉で宿を開いたという伝説も残る)。その後小堂で本尊を護り、昭和時代になってから復興する。

◆牛女
西宮市周辺、特に甲山一帯には、戦前から【牛女】に関する噂があるという。小松左京氏の『くだんのはは』はこの噂をベースにした小説だと言われ(当然ながらフィクション)、まことしやかに伝えられた【牛女】の姿を見事に顕している。
個人的な見解を敢えて言うと、【牛女】は牛頭人身の怪物であり(ミノタウロスの女版である)、もう一種の怪物である【件:くだん】は人頭牛身である。時々この周辺で【牛女】が四つ足で猛スピードで追いかけてくるという目撃情報があるが、これは完全な誤謬であると声を大にして言いたい。まあ、“路上を四つん這いで追いかけてくる霊”という特殊なイメージとだぶってしまったのだろう。やはり【牛女】と【件】とは別の種の怪物とみなすべきだと思う。

◆木原浩勝
怪異収集家。この周辺での【牛女】に関する目撃談について『新耳袋第一夜』などに書いている。また興業に使われていたとされる【件】の剥製も所有している。

◆八大龍王
仏法を護る八部衆の一つである龍衆に属する八王のこと。古代インドの蛇神ナーガに由来しており、古来より雨乞いの神として崇められている。
鷲林寺にある八大龍王の祠は、その昔、兵火を避けるために僧侶が有馬まで掘り進めた洞穴であるとされている。

アクセス:兵庫県西宮市鷲林寺町