首なし身代わり地蔵

【くびなしみがわりじぞう】

大分の市街地、大分川の東側にあたる、国道197号線にほど近い住宅街に古いお堂がある。ここに安置されているのが首なし身代わり地蔵と呼ばれるお地蔵さんで、近隣住民が保存会を作って日頃からお世話をしている。そしてこの地蔵には『甚吉物語』という民話が残されている。

江戸時代の頃、このあたりに住んでいた甚吉という若者は、病気の母を抱えて貧しい暮らしをしていた。日頃から近くのお地蔵さんに毎日手を合わせる信仰心の篤い男であったが、病気の母からどうしても瓜が食べたいと懇願されると、何とかして食べさせたいと思い悩み、とうとう悪いことと知りながら近くの畑から瓜を盗んで母に食べさせたのである。そして事情を知らない母は、美味かったのでまた食べたいと言う。甚吉は本当のことが言えず、結局母の懇願に負けて再び畑の瓜を盗もうと考えた。

ところが瓜畑の持ち主であった侍は、瓜が盗まれたことを知って腹を立て、今度盗みに入った者を見せしめに斬ってやろうと夜を徹して見張っていた。そこへ甚吉が瓜を盗もうと畑に入ってきた。すかさず侍は刀を抜くと、その盗人を有無も言わさず斬り捨ててしまったのである。

翌朝、侍が畑に戻って確かめると、自分が盗人を斬った場所に首と胴が切り離された地蔵が一体転がっていた。そして盗みに入った甚吉は怪我一つなく無事であった。その話を聞いた人々は、おそらく日頃から地蔵を信心し、母に孝養を尽くす甚吉を哀れに思った地蔵が身代わりとなったのだろうと噂し、この地蔵を大切に祀るようになったという。

しかしこの物語はここで終わらない。この噂を聞いた肥後藩の行者(あるいは武士とも)本田勝十郎といういう者が、この地蔵の首だけを持ち帰って熊本に祀ろうと考えた。そして大分から熊本へ向かう途中、黒川の地で一休みをして出立しようとしたところ、突然地蔵の首が尋常ではない重さになって持ち運ぶことが出来ない。やむなく勝十郎は地蔵の首をこの地に安置し、村人に大切に祀るよう告げた。その後、この首が置かれた横から突然湯が湧き出るようになり、それが県内有数の温泉地、黒川温泉の起こりであるとされる。

現在も地蔵の首は黒川温泉に安置されており、大分の方は首のないままお祀りされているとのことである。

<用語解説>
◆黒川温泉
熊本県阿蘇郡南小国町にある温泉郷。現在は約30軒ほどの宿がある。地蔵堂は温泉街の中心部にあり、大いに信心されている。また最初に湯が出た場所は共同浴場となっており、「地蔵湯」と名付けられている。

アクセス:大分県大分市東津留