さすらい地蔵
【さすらいじぞう】
子供と一緒に遊ぶ神仏像という伝説は全国各地で語られている。『遠野物語』や『遠野物語拾遺』でもいくつかその類話が収録されている。
例えば『遠野物語』の第72話。栃内村琴畑の集落の入口に雨ざらしになっている“カクラサマ”という木の座像がある。以前は堂内に安置していたが、子供がいつも引っ張り出して引き摺ったり投げたりして遊ぶため、外に出しっぱなしにしてぼろぼろになっている。見かねた大人が遊ばないように子供を叱ると、逆にカクラサマの祟りを受けて病気で臥せったりするという。
大人からすると罰当たりも甚だしいことだが、当の神仏からすると子供にかまって貰っているのが楽しくてならないわけで、それ故に真面目に止めようとする大人に障りが生じることになる。
遠野の街中、白幡神社境内にある、さすらい地蔵も人にかまって貰うことが何より嬉しい地蔵とされる。既に頭はもぎ取られ、手足の先もなくなってしまい、辛うじて残っている衣の裾からお地蔵さんであることが分かる程度の、石の塊のような姿なっている。ただこの地蔵が他の遊びが好きな神仏像と異なる点がある。それはかまって貰う相手が子供ではなく、若い男性に限定されている点である。
この石地蔵、神社などで見かける“力石”よろしく、若い男衆によって持ち上げられ、時には投げ飛ばされたりしたという。また男たちが距離を競って持ち運んだりするのか、台座から消えてなくなり、方々に捨て置かれたりした。ところがいつの間にかひょっこり戻ってきて、台座の上に置かれていたりする。そこで付けられたのが、“さすらい地蔵”の名である。また力自慢の若い男たちにしょっちゅう担がれる姿から、“男好きの女地蔵”と呼ばれるようにもなった。
このさすらい地蔵であるが、探訪当時は写真のように台座の上に仰向けに置かれていたのだが、近年になって安全対策か防犯対策かで、台座の上に立たされコンクリートで足場を固められてしまっているらしい。もうさすらうことは出来ないようである。
<用語解説>
◆カクラサマ
岩手県各地で見られる神仏像で、遠野市内も土淵町栃内以外に複数箇所存在する。ただカクラサマがどのような神仏であるかは明確ではなく、正確には神か仏かの区別もはっきりしない。カクラは漢字で書くと「角羅」とか「神楽」など数種類のパターンがあって、こちらも決定的な説はない。ちなみに柳田國男はカクラサマを道祖神的な存在とみなしており、佐々木喜善はオシラ様と対照的な性格を有する神であると推測している。
アクセス:岩手県遠野市松崎町白岩