愛本姫社

【あいもとひめしゃ】

昔、黒部川の中流に架かる愛本橋のたもとに一軒の茶店があった。その店の一人娘・お光は美しい娘で、それを目当てに店に通う男も多かったという。ある時、お光は黒部川のほとりで一人の若者に会う。たちまち恋に落ちた二人であるが、やがてお光は若者の正体が黒部川の主である大蛇だと気付く。黒部川は暴れ川で、その原因は主の大蛇が暴れるためであると言い伝えられていた。見初められたお光は、自らを犠牲にして災いを避けようと思ったのか、そのままふっつりと消息を絶ってしまったのである。

神隠しのように消えてから3年後、両親の営む茶店に前触れなくお光が戻ってきた。驚き喜ぶ両親を前に、お光は子を産むために戻ってきたと言う。そしてお産は一人で済ますので、決してぞの場を覗かないように釘を刺した。だが両親はその言いつけを守れず、娘可愛さにお産の場を覗いてしまう。そこには娘の姿はなく、大蛇が一匹とぐろを巻いて子を産んでいたのである。

恐れ戦く両親を前に、再び人間の姿に戻ったお光は、黒部川の主の許に嫁いだことを告げ、再びこの地に姿を現すことはないと伝えた。そしてこれからの生活の足しにと、笹でくるんだ粽の作り方を教えると、黒部川の方へと消え去ったのである。

現在でも愛本橋の近くにある愛本姫社はかつては“大蛇の宮”と呼ばれ、大蛇となったお光を祀る祠であるとされる。御神体は1枚の浮世絵。後にこの茶店を訪れてお光の悲しい伝説を両親から聞いた浮世絵師の渓斎英泉の筆による、お光の花魁姿を描いたものとの伝が残る。この絵は6月21日の祭の時のみ見ることが出来る。またこの日はお光が伝えた粽も作られ、平たい三角形をした、蛇の鱗を模したとされる伝説の菓子を味わうことも出来る。さらに昭和の終わり頃から「大蛇お光行列」という名で、お光の婚礼の様子を再現したイベントも行われるようになっている。

<用語解説>
◆渓斎英泉
1791-1848。浮世絵師、後に戯作者として合本や滑稽本も書く。浮世絵師としては美人画を得意とする。愛本姫社の御神体となっている浮世絵は「雲龍打掛の花魁」と呼ばれる錦絵であり、文政頃(1818~1831年)の作とされる。
後にこの絵はフランスの浮世絵紹介雑誌の表紙を飾り(ただし左右逆となっている)、ゴッホがこれを油絵模写したことでも有名である。

アクセス:富山県黒部市宇奈月町下立