築土神社

【つくどじんじゃ】

地図で確認すると、築土神社はビルの並ぶ区画のど真ん中に位置する。ビルの前に立つ鳥居から中へ入り込んでいく。そして神社は高層ビルに取り囲まれるように建っている。

この神社が今の九段に置かれたのは戦後の昭和29年(1954年)。それ以前は新宿の牛込辺り、そして江戸幕府ができる前は田安にあり(このころは田安明神と称していたらしい)、更に最初は上平川にあったという。とにかく都内各地を転々としている神社である。現在では本当に小社と言っておかしくない規模であるが、かつては神田明神・日枝神社と共に江戸を代表する古社であった。

神社の歴史を紐解くと、創建は天慶3年(940年)。平将門が討たれたその年に、その霊を祀るために建てられたのである。言い伝えによると、上平川に津久土明神としてできたのは、ここに将門公の首が落ちてきたためであるとのこと(つまり現在の首塚の場所に作られた社である)。実際、束帯姿の将門公の木像と共に “首桶”が納められていたらしい(戦災により現存せず。写真のみ残る)。

転々と移動している神社であるが、邪険に扱われているわけではない。田安に移したのは太田道灌であり、江戸城の裏鬼門の護りのためと伝えられる。また江戸幕府が移した理由も江戸城内の敷地になるためであった。そして戦後に今の場所に移されたのも、戦災で消失し、元の位置に近い場所に移そうとした結果であるという。

アクセス:東京都千代田区九段北