犬胴松

【いぬどうまつ】

県道に沿って犬上川をさかのぼっていくと、その途中に“滝宮”と呼ばれる大瀧神社がある。その神社の県道を隔てた反対側にお堂があり、そこに松の古木の一部が安置されている。それが犬胴松である。

昔、日本武尊の第一皇子で、狩を好んだ稲依別王(いなよりわけのみこ)がこの地を訪れた時のこと。土地の者が、この近くの川の淵に棲む大蛇が災厄をもたらすので退治して欲しいと願い出た。それを聞き届けた王は、愛犬の小石丸を連れて周辺をくまなく探し求めた。しかし七日七晩山谷を歩き回っても大蛇は見つからない。とうとう疲れ果てた王は、大木の木陰で昼寝を始めてしまった。

すると、普段は大人しい猟犬であるはずの小石丸が狂ったように吠えだした。仮眠を取ろうとした王はつい怒りに任せて、腰の刀を抜きざまに小石丸の首を刎ねたのである。首は遠く宙を舞ったかと思うと、岩陰に飛び込んでいった。

そして次の瞬間、首と同時に落ちてきたのは、探し求めていた大蛇であった。小石丸の首に喉を食らいつかれた大蛇はのたうち回ったが、やがて動かなくなってしまった。この光景を見た王は、小石丸が危難を知らせるために吠え続け、首を刎ねられてもなお主人を助けるために忠義を尽くしたことを悟った。愛犬の行動に感銘した王は、小石丸のために祠を建て、胴を埋めた場所には松を植えて後世に伝えたという。これが犬胴松の由来である。さらに王は、この地を犬咬(=犬上)と名付けて定住し、その後その子孫が犬上氏を名乗るようになったとされる。

大瀧神社の境内には稲依別王を祀る犬上神社があり、この神社から犬上川を見下ろす淵一帯が大蛇が棲んでいた場所として、今でも“大ヶ淵”と称される。また小石丸の首を祀る小祠が、犬上川を挟んだ対岸にあると言われている。

愛犬が誤解から主人に誅されながらも、死してなお主人の命を外敵から守るという伝説は、日本各地に複数伝えられている。だが、この犬胴松の由来は、登場人物が神代に近い時代の話であり、この類型の話の中でも最も古いものの一つであるとも考えられるかもしれない。

<用語解説>
◆稲依別王
日本武尊の第一皇子。近江国に土着し、犬上君(いぬかみのきみ)と武部君(たけるべのきみ)の祖となる。同母弟に第14代仲哀天皇がいる。

アクセス:滋賀県犬上郡多賀町富之尾