賢淵 蜘蛛碑
【かしこぶち くもひ】
仙台のシンボルの一つと言ってよい広瀬川であるが、ちょうど市の中心部へ差し掛かるあたりに“賢淵”と呼ばれる大きな淵がある。昭和の半ば頃まで、夏になるとこの淵で泳ぐ子供の姿が多くあったというが、ここには恐ろしい伝説が残されている。
仙台の城下町のはずれに当たるこの付近は茶屋町と呼ばれていたが、ここに住むある男が淵で魚釣りに興じていた。ふと気が付くと、一匹の蜘蛛が川面から現れて男の足首に糸を巻き付けた。気に留めた男は糸をはずすと、そばにあった柳の木の根元にそれをくっつけた。しばらくして気付くと、また同じ蜘蛛が男の足首に糸を巻き付けていたので、同じように柳の根元にくっつけた。こうして巻き付けられた糸を何度もはずしては根元にくっつけていたのだが、突然あたりを揺るがすような大きな音がしたかと思うと、柳の木が根こそぎ引き抜かれ、勢いよく淵に引き込まれていったのである。突然の出来事に男が肝を潰していると、水の中から「かしこい、かしこい」という声が聞こえてきた。そこでようやく、淵の主である蜘蛛が自分を引きずり込もうとして足首に糸を巻き付けていたこと、そして自分が糸を柳の木に付け替えていたために身代わりに柳が淵に引きずり込まれたことに気付いたのであった。それ以降、この淵は“賢淵”と呼ばれるようになったという。
この賢淵の主である蜘蛛は、他の伝説にも登場する。賢淵から少し下流に藤助淵(または牛越淵)と呼ばれる場所がある。ある時、その近くに住む藤助が釣りをしていると、水底から名前を呼ぶ声がする。返事をすると、声の主はこの淵に住む鰻で、翌日の夜に賢淵の蜘蛛がこの淵に来て戦いをするので見に来て欲しい。そしておまえが声を上げなければ戦いに勝つことが出来るのだ、と訴える。藤助は約束の夜に淵にやって来ると、既に鰻と蜘蛛が戦っていた。その凄まじい光景に思わず藤助は声を上げてしまった。すると一瞬であたりは静まりかえってしまったのである。翌朝、おずおずと淵に様子を見に来た藤助であったが、淵にぷかりと浮く首だけになった鰻に睨まれて、そのまま狂死してしまったという。(これと同じ蜘蛛と鰻の戦いにまつわる伝説が、源兵衛淵と呼ばれたところにも残されている)
このように恐ろしい力を持つ蜘蛛であるが、茶屋町の人々は逆にその魔物を祀り上げて水難除けの神としたのである。それが賢淵の真上、国道48号線沿いの一角に置かれた、【妙法蜘蛛之霊】と刻まれた蜘蛛碑である。また蜘蛛にまつわる俗信から商売繁盛の神としても崇敬されていたと伝えられる。
<用語解説>
◆「水辺の蜘蛛」の伝説
人を水底に引きずり込むために蜘蛛が人の足に糸を巻き付け、それに対して人が糸をはずして難を逃れるという話のパターンは、全国各地にかなりの数見られる。賢淵の話は、伊豆の“浄蓮の滝”の伝説と並んで、この種の話の代表例として取り上げられることが多い(ただし人間を軽く見下すような言葉を発するのは、この賢淵の話だけであり、そこにこの蜘蛛の魔物としての恐ろしさが凝縮されている)。
◆蜘蛛にまつわる俗信
蜘蛛を商売繁盛の神とする思想には「朝の蜘蛛は殺してはいけない」という俗信が多分に影響していると考えられる。朝の蜘蛛は福を持ってくるとされるため、殺してはいけないとされる。商売をする者にとって、“朝から福を持ってくる存在=お客様”と解釈され、客の入りが多いから商売繁盛という考えに至ったのであろう。ちなみに「夜の蜘蛛は盗人なので殺した方がいい。しかしそれを見逃すと仏の功徳を得られるので、やはり殺すべきではない」という俗信もある。
アクセス:宮城県仙台市青葉区八幡