八房出生地

【やつふさしゅっせいち】

曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』は伝奇小説の傑作であり、巧みに歴史上の人物や土地を取り入れてあたかも史実に即した物語となっているため、モデルとなった房総地方には『八犬伝』ゆかりの地と称する場所がいくつかある。

南房総市犬掛は史実でも里見氏ゆかりの地である。ここは古戦場であり、里見氏一族内での争いの末に討死した、嫡流の里見義豊らの墓がある(この戦いで実権を握った傍流の里見義尭は後に里見氏中興の祖として名を馳せる)。そこから南に500mほど行ったところに鎮守の春日神社があり、その入口付近にあるのが八房公園と名付けられたスペースであり、ここが『八犬伝』の因縁の端緒となる犬の「八房」誕生の地とされている。

里見氏初代・義実が安房の地を治めていた頃、この地に住む百姓の枝平の家に子犬が生まれた。間もなく母犬が狼に殺されたため、子犬もじき弱って死ぬだろうと思っていたが、逆にすくすくと大きくなっていった。不思議に思った枝平が子犬の様子を探ると、夜更けに一匹の雌狸が現れて乳を与えていたのであった。この“狸に育てられた犬”の噂は広まり、ついには義実の耳にまで届き、珍しい犬として召し出されたのであった。そして八房と名付けられた子犬は、娘の伏姫の愛犬となるのであった。

現在、この公園の一角には“八房と狸の像”が置かれている。おそらく“犬掛”という地名から馬琴が思い付いた設定であろうことは想像に難くないが、この像はあたかもこの地で本当に八房が誕生したかのような印象を残している。

<用語解説>
◆曲亭馬琴
1767-1848。姓は滝沢。江戸後期の読本作者。旗本家の用人の家に生まれるが、作家となり生計を立てる。著作は『椿説弓張月』『南総里見八犬伝』など多数。

◆『南総里見八犬伝』
曲亭馬琴作。文化11年(1814年)刊行。以降28年間にわたって執筆が続けられた(途中馬琴は失明し、嫡男の嫁である路が口述筆記によって完成)。全98巻。里見家の伏姫と犬の八房の因縁によって結ばれた8人の若者(八犬士)を主人公として繰り広げられる伝奇小説。

◆里見義実
1412-1488。安房里見氏の初代。安房国に進出して戦国大名となるが、それまでの出自などについては諸説あって謎が多い(架空の人物説まである)。『南総里見八犬伝』の重要人物であり、全ての因縁の発端を作った人物である。

アクセス:千葉県南房総市犬掛