キリストの墓
【きりすとのはか】
青森県新郷村の戸来(へらい)地区にキリストの墓(十来塚)とその弟のイスキリの墓(十代墓)がある。“高貴なる人物”の塚と言われていたが、これを昭和10年(1935年)に調査してキリストの墓と断定したのは、『竹内文書』の竹内巨麿である。
『竹内文書』によると、21歳から約12年間、キリストは日本でさまざまな学問を学び、ユダヤへ一時帰国したらしい(この12年間は、キリスト教世界においても“謎の空白期間”とされている)。そしてその教えのためにユダヤで不興を買い、イスキリを身代わりにして再度日本へ舞い戻る。
再来日後はこの戸来村に定住、地元の女性と結婚し【十来太郎大天空】と名乗ったという。布教活動こそしなかったが、たびたび日本各地を探訪したらしく、その姿はまさに“天狗”のイメージで語られている。そして106歳という長寿を全うして、戸来村で亡くなったという。その子孫は沢口姓を名乗り、現在も当地に住んでいる。
またこの地区の風習として、初めて戸外へ出る赤ん坊の額に十字架を描くというものが残されている。これが魔除けの呪文らしいが、近隣はおろか国内で例を見ない異質の風習である。さらにこの地方では父のことを「アダ」、母のことを「エバ」と呼ぶ。まさに「アダム」と「イブ」の呼び名なのである。そしてこの土地の名である“戸来”自体が“ヘブライ”に酷似している。
極めつけは、この地に伝わる盆踊りの歌である。「ナニャドヤラー、ナニャドナサレノ、ナニャドヤラー」という歌詞はヘブライ語に訳すと「汝の聖名を讃えん、汝は賊を掃討したまい、汝の聖名を讃えん」というものらしい。とりあえず現在では、6月に行われる祭りの際に、この2つの墓の周りを浴衣姿の人々がこの唄を歌いながら踊るらしい。
エルサレム市からの「友好の証」なるものがこの2つの墓の前に置かれている。
<用語解説>
◆キリストの里伝承館
キリストの墓に隣接して建てられた資料館。キリストの墓関連の資料と共に、戸来地区の民俗資料も多数展示されている。上の挙げた不思議な風習なども実際に見ることが出来る。入館料は200円。
◆『竹内文書』
武内宿禰の孫にあたる平群真鳥が、25代武烈天皇の勅命を受けてまとめた文書とされ、真鳥の子孫を称する竹内巨麿が昭和3年に公開。神武天皇以前にも100代に及ぶ皇統があり世界を治めていた(宇宙生成よりも早くから存在したことになっている)、また歴史上に名を残す宗教指導者は全て日本で修行し、天皇に仕えたとする。キリストだけではなく、モーゼや釈迦も来日していることになっている。当然であるが、偽書として黙殺されている。
◆沢口家
戸来地区の旧家。キリストの墓一帯の土地を所有する。家紋は“五芒星竜胆”であるが、かつては“六芒星”であり、これはイスラエルのシンボルであるダビデの星と同じ紋章となる。なお伝承館には沢口家の御当主の写真が展示されているが、日本人離れした顔立ちであることが分かる。
◆「ナニャドヤラー」の歌詞
上のヘブライ語説を唱えたのは、神学者の川守田英二。それに対して“方言がさらにくずれたもの”と主張したのは柳田國男と金田一京助。ただ、この歌詞は戸来地区固有のものではなく、旧・南部藩領内に広く伝わっている。
アクセス:青森県三戸郡新郷村大字戸来字野付