能登山の椿
【のとやまのつばき】
この椿地区には、海岸線に面して能登山という小高い丘がある。この丘は春になると一面椿の花に覆われる。能登山は椿の自生群の北限として大正11年(1922年)に天然記念物に指定されている。そして次のような伝説が残されている。
男鹿の港は、昔から遠方からの商船が停泊し、船乗り達が一時上陸する土地であった。ある年の春、能登から来た若い男が初めて男鹿の港に上陸した。そしてその初めての土地で、一人の美しい娘と出会った。二人が相思相愛の仲になるのには、さほどの時間は掛からなかった。しかし男が男鹿の土地に居られるのは僅かであった。再び船に乗って西国へ向かうことになった男は、2年後の春に嫁に迎えに来ると、娘との再会を約束した。
「その時には、綺麗な椿の実を持ってくる」
という言葉を残して、男は男鹿の港を後にした。
娘は毎日のように海の見える小高い丘に登って、愛する人の言葉を思い出して帰りを待った。やがて約束の2年後の春が来たが、男は戻ってこなかった。それでも娘は待ち続けた。周囲の者は、男は余所で所帯を持ったとか、どこかで嵐に遭って既にこの世の人ではないとか噂した。
そしてさらに1年、次の年の春が訪れた。娘の姿は港から消えた。もはや男と会えないと悲観したのか、海に身を投げて自ら命を絶ってしまったのであった。
それから間もなく、男は約束の地に戻ってきた。良い所帯を持とうと稼ぎを多くするために遠方まで足を運んで遅れて戻ってきたのであった。男は娘が死んだことを聞かされると、毎日のように娘が海を見に登っていた丘を訪れた。そして約束して持参してきた椿の実を埋めると、港を去って行った。
やがて椿は芽吹き、美しい赤い花を咲かせ、丘を覆い尽くすほど増えていった。この丘はいつしか男の生国から能登山と呼ばれるようになり、集落も椿と呼ばれるようになったという。
アクセス:秋田県男鹿市船川港椿