山姥の里
【やまんばのさと】
富山県との県境に上路(あげろ)という集落がある。この地が、世阿弥作の謡曲『山姥』の舞台である。
京の都に曲舞を得意とする“百万山姥”と呼ばれる白拍子がいた。ある時善光寺へ行こうと旅をして、この上路の地までやってくると日が暮れてしまう。すると一人の婦人が宿を貸し、白拍子に山姥の舞を所望する。そして自分は山姥の霊であると明かし、白拍子が山姥の真性を心得ていないことを恨めしいと伝える。約束通り白拍子が舞い始めると、真の姿の山姥が現れ、その生き様を物語り、山廻りの様子を見せるといずこともなく消え去ってしまう。
山間にあって人を襲うという化け物然としたイメージとは全く異なる、むしろ教養高く、山の精霊や仙境の住人のような印象すら与える存在であると言えるだろう。この山姥を祀る神社や伝承の物件が、上路にはいくつか点在しているのである。
山姥が住んでいたという洞穴は相当山奥になるが、神社は里に置かれている。そして神社のすぐそばには「金時のぶらんこ藤」と呼ばれる太い藤蔓があり、また「金時の手玉石」や「山姥の日向ぼっこ岩」が道路脇にある。おそらく“山姥=坂田金時の母”というイメージによって後世に後付けされた伝承も多分にあるようだが、この上路の山姥は基本的に気性の穏やかな、神に近い存在であり続けたのだと想像できる。
<用語解説>
◆坂田金時
生没年不詳。幼名は金太郎・怪童丸。源頼光の四天王の一人。相模国の足柄山で、山姥の子として生まれたという伝承を持つ。赤い龍が雷鳴と共に訪れた夢を見た山姥が身ごもったとされ、雷神の子であることが暗示されている。
アクセス:新潟県糸魚川市大字上路