鍵引石

【かぎひきいし】

雨境峠は、大和朝廷が造った古代の官道が通過した地点である。この標高1580mの峠の周辺には、5~6世紀に成立したと考えられる祭祀遺跡群がある。その中の1つが鍵引石である。雨境峠から南に下った女神湖畔にあるこの石の名は、祭祀遺跡とは関係のない、河童にまつわる伝説に由来する。

今の女神湖のあるあたりは“赤沼”と呼ばれる湿地帯であった。その赤沼に住んでいたのが河童の河太郎。河太郎は子供に化けると大きな石に座り、道行く人を“鍵引き”に誘うのである。“鍵引き”とは指と指を絡めて引っ張り合う指相撲のことである。河太郎は鍵引きを始めると、恐ろしい力で相手を沼に引きずり込んでしまうのであった。 ある時、その噂を聞いた諏訪頼遠という剛力無双の侍が立ち寄ったところ、またしても河太郎が子供に化けて石の上から鍵引きに誘った。頼遠はそれを受けて、指を絡めるやいきなり馬を駆けだして、あっという間に河太郎を引きずり回したのである。しばらくして見ると、頭のお皿の水がこぼれた河太郎は瀕死の状態。そこで頼遠が「沼から出て行くか、それとも殺されるか」と尋ねると、河太郎は「今夜半には立ち去ります」と答えたので、そこで赦されたのであった。

翌日になると、赤沼は干上がっており、代わりに隣村に大きな池が出来ていた。人々はこの新しい池を“夜の間の池(一夜池)”と呼び、河太郎はここに移ったのだろうと言い合った。しかし河太郎が鍵引きのために座っていた石だけは残り、鍵引石と呼ばれるようになったという。

<用語解説>
◆女神湖
昭和41年(1966年)に、赤沼の湿地帯を農業用水のため池に整備した人造湖である。池ノ平にある白樺湖と共に観光リゾート地としても有名である。