【びじんづか】
京の都に足利将軍があった頃のこと。
上意東の大江(だいご)の里に非常に美しい娘がおり、貧しいながらも婿を取って幸せに暮らしていた。夫婦の仲は良く、片時も離れず一緒にいたいとお互い思っていたが、夫は外で田畑を耕し、妻は家で内職をせねば暮らしていけず、1日の大半は離れ離れでいなければならなかった。そこで夫は絵師に頼んで妻の姿を絵に描いてもらい、それを掲げて仕事に励むのであった。
ある時、強い西風が吹き、妻の絵が飛ばされてしまった。そしてその絵は数日後、都にあった足利将軍の屋敷に舞い落ちた。絵を見た将軍はその美しさに惹かれ、必ず絵の美人がいるはずなので、連れて来いと命じた。
探索の手はやがてこの地まで及び、妻がその美人であると分かると有無を言わせず京の都へ連れて行った。夫はしばらく嘆き悲しんでいたが、端午の節句の日に限って菖蒲の花を売る者が足利将軍の屋敷に入れることを聞きつけ、急いで京の都へ赴いた。
夫は1日遅れて到着してしまったが、あえて屋敷の周囲で菖蒲を売り歩いて声を上げた。屋敷の中にいた妻はそれが夫の声であることに気付くと、こっそり外出して夫と会い、その夜示し合わせて二人で京から逃げ出した。
そして数日かけて、故郷の近くまで逃げてきた時、妻はようやく安堵したのか、その場に倒れそのまま二度と立ち上がることなく亡くなってしまった。夫はその地に妻を葬り、二人の悲劇を聞いた土地の者は“美人塚”と称して五輪塔を建てて代々供養し続けたという。
耕地が広がる一画に、今も五輪塔が立っている。周囲には二人を再び引き合わせた菖蒲が数多く植えられており、よく整備された形で保存されている。
アクセス:島根県松江市東出雲町下意東