【いんぜのつぼがみ】
雲南市一帯に広がる八岐大蛇伝説の中でもひときわ珍しい物件がある。それが印瀬の壺神である。
素戔嗚尊が八岐大蛇退治をするにあたって、奇稲田姫の両親である足名椎命・手名椎命に準備を頼む。その内容は「八塩折の酒を醸造し、垣根を造り巡らしてそこに8つの門を設け、その門ごとに桟敷を造り、そこに酒船を置いて醸造した酒をたっぷりと入れて準備せよ」というもの。八岐大蛇は計略通りに、酒の匂いに引き寄せられて現れると、垣根にある8つの門に各々の頭を突っ込んで酒を呑み酔いつぶれてしまう。その隙を突いて素戔嗚尊は全ての首を刎ねて、見事に退治を果たしたのである。
この八岐大蛇退治の時に用いられた“酒船”の1つが、印瀬の壺神と称されるものの正体である。酒を入れたこの壺は、口径4寸5分(約14cm)、胴径6寸5分(約20cm)、深さ5寸(約15cm)の大きさのものであるという。大蛇に酒を呑ませるにしてはかなり容量は小さいと言わざるを得ない。しかしこの酒壺には謂われがあり、かつて人がこの壺に触れた折、天候が急変して山が鳴動したため、慌てて供物を献上して事なきを得た。そのために壺は土中に埋められ、目印としての石を置いて、さらに玉垣で囲んで注連縄をして祀ることになったとされるのである。
現在壺神を祀る地は八口神社の境内となっているが、この神社と壺神との関係は明確ではない(壺神と神社とでは例大祭の日取りも全く異なるため関連性は薄いと考えられる)。旧6月晦日の夕刻には、壺神祭として8本の幣と8品の供物を献上する習わしが続けられている。
<用語解説>
◆八塩折の酒
本居宣長によると、水ではなく酒を使って新たに酒を醸造し、それを8回繰り返したものであるとする。これによって濃醇な酒ができると考えられている。現在、松江市にある國暉酒造会社で、その製法で再現された日本酒が造られている。
アクセス:島根県雲南市木次町西日登