【うきしまのもり】
新宮の市街地にある、国指定の天然記念物である。その名の通り水に浮かぶ島であり、縦横約100mほどに仕切られた沼地の上に現在も浮かんだ状態であるという。
この森はいわゆる泥炭で形成されており、水辺に生えていた木々の朽ちたものが水面に溜まって泥炭となり、さらにその上に樹木の種子が落ちて森が作られたと考えられている。かつては風に強い日や森の上で乱暴に走るなどすると本当に移動したと言われるが、現在は沼の底に“座礁”したために動かなくなってしまっている。
森そのものも稀に見る奇異な植生群であるが、さらにここには有名な伝説が残されている。
昔、この森の近くに“おいの”という美しい娘がいた。ある時、父と共にこの森へ薪を拾いに来たのであるが、弁当を食べる段になって箸を忘れてきたことに気付いた。おいのは箸の代わりになる“カシャバ(アカメガシワ)”の枝を求めて、森の奥へ入っていった。ところがいつまで経っても戻ってこないために父も森の奥へ行くと、一匹の大蛇においのが飲み込まれそうになっているところに出くわす。父は必死になって助け出そうとするが、とうとう娘は蛇に飲み込まれるようにして沼の底に沈んでいったという。
今でも、おいのが引きずり込まれた跡とされる“蛇の穴(じゃのがま)”と言われる場所が森の中にある。このぽっかりと開いた穴は、10mの竿でもなお底に届かないとされる。そして「おいの見たけりゃ 藺の沢(いのど)へござれ おいの藺の沢の 蛇の穴へ」という俗謡も広く知られている。さらにこの伝説をモチーフとして書かれたのが、上田秋成の『雨月物語』に収められた「蛇性の淫」である。
<用語解説>
◆「蛇性の淫」
新宮の網元の次男であった豊雄は、若い未亡人である真女児に魅入られ、婿になって欲しいという願いを聞き入れ、約束の証として太刀をもらう。しかしそれが熊野速玉神社の宝物であったために豊雄は罪人扱いされ、疑いを晴らすために真女児の宅を訪れるが、そこは廃屋であり、姿を見せた真女児も雷鳴と共に消えてしまう。
その後、大和の兄嫁を頼った豊雄は、そこで再び真女児に出会い、ついには夫婦となる。ところが花見に訪れた吉野で、真女児は正体を見破られ、滝に逃げ込んでしまう。
再び紀伊に戻った豊雄は、芝の庄司の娘である富子と結婚する。その富子に真女児が取り憑き、復縁を迫る。それに対して調伏を試みた鞍馬寺の僧が取り殺され、そして芝の庄司が頼んだ道成寺の住職によって真女児は封じ込められる。
物語の発端を新宮にしている点でモチーフがあるとするが、実際には道成寺の安珍清姫伝説に着想を得ていると言ってよい内容である。
アクセス:和歌山県新宮市浮島