【なんぞういん しばられじぞう】
水元公園の近くにある南蔵院は、関東大震災で罹災したため現在地に移転してきたが、かつては本所(現在の墨田区)にあった寺院である。この境内にある「しばられ地蔵」は、荒縄で地蔵を縛ることで願いを叶えてもらうという、奇妙な信仰が今でも続いている。その風習の由来とされるのが『大岡政談』に収められた「縛られ地蔵」の逸話である。
日本橋のある呉服商の手代が荷車に反物を積んで南蔵院の前で休憩をしていたが、うっかりそのまま居眠りをしてしまった。起きてみると荷車ごと反物を盗まれていた。奉行所に訴えると、町奉行・大岡越前は「門前にいながら、盗人の所業を一部始終見ていただけの地蔵も同罪である。引っ立てよ」と命じる。そして地蔵は縄を掛けられて市中引き回しの上、南町奉行所に連れて行かれたのである。
あまりに不思議な裁きであるため、多くの人々がぞろぞろと地蔵のあとを追って、そのまま奉行所の中にまで入ってしまった。すると越前は門を閉じて「奉行所に勝手に入るとは不届き千万。科料として各人反物を一反差し出すこと」と野次馬を叱りつけたのである。そうして集められた反物を手代に見せると、その中に盗まれた反物が一つまざっていた。奉行所はそれを出した者を割り出すと、その背後にあった盗賊団も一網打尽にしたのである。
この逸話のため、しばられ地蔵のご利益は盗難除け。さらには足止めや厄除け、また縄で縛ることから縁結びまで、さまざまな願い事を聞き届けるとされている。ちなみに願いが叶うと縛った縄を解くことになっているが、大晦日には縄解き供養もおこなっている。
<用語解説>
◆『大岡政談』
“享保の改革”と呼ばれる8代将軍・吉宗の治世に江戸町奉行となった大岡忠相(1677-1752)を主人公として、その機知と人情味に溢れる名裁きを講談や読本などを通して発表されたもの。ただし特定の人物によってまとめられた作品ではなく、大岡忠相の名声にあやかって各々の逸話が作られていったものと推測される。『大岡政談』として括られる一群の話には、実際に大岡が裁いた事件はほとんどなく、そのストーリーの原型は他の奉行の事績や中国古典の判じ物などに求めることが出来る。
アクセス:東京都葛飾区東水元