【ながやばしじぞう】
かつて丸岡の城下町に、松屋という有名なびんつけ屋があった。現在の福井銀行丸岡支店の建っている場所にあった大店であったが、そこで売られていたびんつけ油にまつわる奇怪な伝説が残されている。
松屋の主人が娘のお絹を連れて、行商のために長屋橋を渡っていた時のこと。突然若い男に声を掛けられた。
「そこにいる娘さんを嫁に貰えるなら、一夜にして大金持ちになれるびんつけ油作りの秘法を教えましょう」
主人は驚いたが、美形の男の姿にお絹は満更な様子でもない。ならばと、急な申し出を承諾した。そして出来る限り盛大な婚礼を挙げたのである。
婚礼の夜、男は自分が長屋橋の下に棲む大蛇であると正体を明かした。そしてお絹を連れて川に戻ると言いだした。両親はあまりの出来事に悲嘆に暮れるが、既にびんつけ油の秘法を教えてもらっているため、約束は破れないと泣く泣く娘の行く末を諦めたのである。
店の裏にある池の水を使って作ると香りの良い油が出来るという秘法を教わり、松屋が売り出したびんつけ油は評判を呼んだ。そして男が言った通り、巨万の財を成すことが出来た。だが娘のことを思うといたたまれない主人は、長屋橋を始めとして、丸岡の町から広がる街道沿いなどに地蔵堂を建て、娘の供養をおこなった。長屋橋のたもとにある地蔵堂がそれであると伝えられている。また長畝橋のそば、丈競山の山頂にも、松屋の主人が建立した地蔵堂がある。
松屋が大店を構えて数年後、丸岡の町を大火が襲った。間もなく松屋の店にも類焼しようかという時、いずこからか2匹の大蛇が現れて「水をくれ」と主人に言うや、木に巻き付いて水を吹き出して店の類焼を防いだという。
しかしまた数年後に起こった大火の際、現れた大蛇に水を与えなかったために店は全焼。そして焼け跡から2匹の大蛇の遺骸が発見された。ほどなくして松屋は以前のような香り高いびんつけ油を作ることが出来なくなり、店を手放して没落していったという。
<用語解説>
◆びんつけ油
日本髪で、髪を固めるなどに用いられる油。木蝋・菜種油・香料などが原料となる。
福井藩士であった井上翼章の『越前国古今名蹟考』(1816年刊)によると、この時代の丸岡藩の特産物として“びんつけ油”が挙げられており、松屋以外にも多くのびんつけ油を製造する店があったと考えられる。なお、松屋のびんつけ油は、松屋が没落した後も製造法が受け継がれ、昭和初期まで販売されていたという記録もあるらしい。
アクセス:福井県坂井市坂井町長屋