恋路海岸

【こいじかいがん】

“恋路海岸”というロマンティックな名前にあやかって、現在でも「恋人達の聖地」として人気の観光スポットである。しかしこの名の由来には、悲しい伝説が残されている。

かつてこのあたりの地は、倶利伽羅峠の戦いで逃亡した平家の落人が土着した場所で“小平次の里”と呼ばれていた。この小平次の里の南に住む助三郎という男は釣り道楽で、小平次の里までやって来て釣りをしていた。特にお気に入りの場所は海岸近くにある弁天島で、そこへ毎日のようにやって来ては釣りを楽しんだ。ある日、助三郎が弁天島で釣りをしていると、深みにはまってまさに溺れている女を見つけた。あわやというところで助三郎が救ったが、よくよく女の容姿を見ると本当に美しい女人であった。たちまち助三郎は恋に落ちた。

女は小平次の里の北に住む鍋乃と名乗った。この弁天島に来ては海藻や貝を採っているという。女も命の恩人である助三郎に対してすぐに好意を抱いた。あっという間に二人は相思相愛、人目をはばかる仲となったのである。そしてこの縁を取り持った弁天島で毎夜のように逢瀬を重ねた。島の周辺は危険な磯が多かったので、いつも先に来た鍋乃が篝火を焚いて、助三郎それを頼りに鍋乃の許へ行くことが通常となっていった。

美しい容姿の鍋乃に恋する男が、助三郎以外にもいた。助三郎と同じ集落の源次という男であった。源次は鍋乃に思いを伝えるが、命の恩人でもある愛する人は一人だけとつれない返事。しかし源次は諦めきれず、やがて二人の秘密を知り、ますます鍋乃に執着し、そして常軌を逸してしまった。鍋乃を愛するあまり、その行く手を阻む助三郎さえいなくなれば、助三郎を殺してしまえば、鍋乃は自分になびくであろうと。

ある夜、源次は先回りして、篝火を焚く鍋乃を待ち構え、縛り上げた。そして篝火を危険な磯へ誘導するように位置を変えたのであった。それを知らない助三郎は、いつものように篝火を頼りに磯を渡ったが、足を滑らせて海にはまってしまった。何とか這い上がろうとしたところ、突然目の前に現れたのは源次。何も言わず助三郎に一太刀浴びせると、助三郎は再び海へと沈んでいったのである。

助三郎を討ち果たした源次は、その足で鍋乃の許へ戻ると縄を解いた。助三郎はもうこの世にはいない。だから今度は自分を好いて欲しいと源次は懇願した。だが鍋乃の返答は、源次の隙を突いて逃げると、そのまま磯から身を投げるという固い意志であった。翌日助三郎と鍋乃の死体が浜に打ち上がり、源次の姿が集落から消えた……

そして二人の死から長い歳月が経ち、小平次の里の観音堂に一人の旅の老僧が棲み着いた。里の者は誰も気付かなかったが、その老僧こそ、出奔したまま行方知れずだった源次であった。仏門に入り各地を放浪した源次は、己の欲望のために命を落とした二人の霊を慰めるため、故郷に戻ってきたのであった。やがて助三郎と鍋乃の悲劇は語り継がれ、この地は“恋路”という名で呼ばれるようになったのである。

現在でも恋路海岸には弁天島があり、干潮になると徒歩で島まで渡れるようになる。またこの弁天島の見える海岸には、助三郎と鍋乃が寄り添う姿の銅像、そして恋路観音が置かれている。

アクセス:石川県鳳珠郡能登町恋路