長明寺 鵺退治像

【ちょうめいじ ぬえたいじぞう】

長明寺には、全国でもここだけという“鵺退治像”というものがある。この周辺は鵺退治をした源三位頼政の所領地であり、それ故、頼政ゆかりの地がここには多く存在している。頼政を祀る廟があり、その愛妾であった菖蒲御前の廟もある。さらに館跡なども残っているという。

鵺退治像は本堂のさらに奥に当たる場所、ちょうど頼政公の廟の近くにある。かなり巨大なモニュメントである。特に頼政公は相当大きい。まあ、頼政公ゆかりの土地だから、主役はあくまで頼政公である。

長明寺を出て少し歩くと、“鵺野橋”という名の橋にたどり着く。現在架けられている橋は非常に新しいものであるが、その脇には“鵺野橋”という字が彫ってある、かなり古い橋の欄干がある。この周辺ではほぼ唯一と言っていい、古くからある鵺関連の地名である。

その橋の脇にちょこんと残されている竹藪がある。この竹藪の竹が、鵺退治に使われた矢の材料であるというのである。それ故にこの竹藪が残され、そばに架かる橋に“鵺”という名を入れたのであろう。

さらにこの橋のすぐそばには頼政公ゆかりの建物がもう一つある。それは小さな神社なのであるが、言うまでもなく【八幡宮】である。さすが源氏ゆかりの人物という訳である。

<用語解説>
◆頼政の鵺退治
今から850年ほど前の平安末期。丑の刻頃になると、東三条の森の方から黒雲が湧き上がり、御所の上空を覆い尽くした。しかもその黒雲からは妖しげな鳥の声がする。高倉天皇(一説には近衛天皇)はその不気味な声のために心労甚だしく、ついにその怪鳥を退治するよう源頼政に命じたのである。
 真夜中、いつものように黒雲が湧き上がってくると、頼政は弓をつがえて黒雲目掛けて矢を放つ。すると雲の中から何かが落ちて来るではないか。従者の猪早太がそれにとどめを刺してみてみると、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎というとんでもない怪物であった。

アクセス:兵庫県西脇市高松町